裁判について
これは、原告である角川歴彦氏が持病悪化による命の危機を訴える中、拘置所の医者から言われた言葉である。角川氏は日本の「人質司法」によって死の淵に瀕することになった。「人質司法」とは、刑事手続で無罪を主張し、事実を否認又は黙秘した被疑者・被告人ほど容易に身体拘束が認められやすく、釈放されることが困難となる実務運用をいう。日本の刑事司法実務では、多くの検察官及び裁判所が、刑事手続法において身体拘束の要件として定められる「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由」や「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」について、憲法や国際人権法に反する解釈運用を平然と行い、軽々しく身体拘束を認めてきた。
そのような検察官及び裁判所の法令解釈・運用により、憲法及び国際人権法上保障される「人身の自由」がいわば「人質」として侵害されると同時に、被疑者に対し、罪を認めるよう物理的・心理的に圧迫が加えられる。
すなわち、「人質司法」では、被疑者に対する捜査において、罪を認めること、事実を自白すること、証拠に同意すること、及び争点について認めることなど、被疑者が検察官に協力すれば、勾留請求されず、又は保釈等により身体拘束から解放されるが、そのような協力をしないかぎり解放されない。無罪主張をする人ほど身体拘束を受けやすくなり、保釈されにくくなることによって、検察官のみならず、他ならぬ裁判所が、被疑者・被告人の上記権利を侵害し、冤罪=誤った司法判断の温床を作り出してしまっている。
その結果、近代刑事司法の大原則である「推定無罪の原則」「黙秘権」及び「公正な裁判を受ける権利」といった重要な人権が侵害される状況が生じている。
死んでしまえば裁判を受けることすらできなくなる。それにもかかわらず、刑事被疑者の健康上の不利益はあまりにも軽視され、生きるか死ぬかの瀬戸際にまで追い込まれ、虚偽自白等を迫られ、裁判で無罪を争うことの放棄を迫られる。
この「人質司法」という病理は、単なる刑事訴訟法の解釈問題ではない。人間の尊厳、そして自由と権利にかかわる憲法と国際人権法の問題であり、これらに照らして日本における現代の刑事司法そのものが問い直されなければならない。それによって、国際社会・国際人権機関から「中世」と評される日本の刑事司法を、グローバル・スタンダードに沿ったものに改めなければならない。この裁判は、角川氏の刑事事件における無罪を訴えるものではない。
この裁判は、「人質司法」から生還した角川氏が、日本社会で二度と同じような悲劇を生まないための公共訴訟として、大川原化工機事件で亡くなった相嶋静夫さんら「人質司法」の犠牲者を代表して、全市民のために…
「人質司法」に対する憲法および
国際人権法違反の判断を求め、
日本の刑事司法の現在のありかたを、
人権の原理原則から問いなおす訴訟である。
1. 人身の自由
憲法 34条第2文
「何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」
自由権規約 9条1項第1文及び第2文
「すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕され又は抑留されない。」
2.推定無罪の原則
憲法31条:「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」
自由権規約14条2項:「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」
フランス人権宣言(1789年):「すべての人は有罪を宣言されるまでは無罪と推定されるから、その者を逮捕することが必要であると判断されても、その身柄を確保するために必要ではないあらゆる厳しい処置は法によって厳重に制限されなければならない。」
3.黙秘権
憲法38条1項:「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」
自由権規約14条3項(g):「3 すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する。(g)自己に不利益な供述又は有罪の自白を強要されないこと。」
4.公正な裁判を受ける権利
憲法37条1項:「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」
自由権規約14条1項第2文・第3文:「すべての者は、裁判所の前に平等とする。すべての者は、その刑事上の罪の決定又は民事上の権利及び義務の争いについての決定のため、法律で設置された、権限のある、独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する。」